AK33 第47回 その3
AK33 第47回 その2の続き。


夷隅神社:鎮座年代不詳。大多喜で最も格式の高い神社。
     江戸時代を通じ本多氏から松平氏に至るまで、
     代々城主の崇敬を受けた。


大多喜小学校:1997年に千葉県建築文化賞を受ける。
       建物は学校らしくなく、学校越しに城が望める。


豊乃鶴酒造:大多喜の古い酒屋。
      ここで、濁り酒と酒の糟を購入。
      注文を受けてから、蔵に行ってビン詰めや包装する。
      ゆったりした、田舎の雰囲気でした。
| - | 15:24 | comments(0) | trackbacks(0) | 『ビルドクター』福田紀之
AK33 第47回 その2
AK33 第47回 その1の続き。


いすみ鉄道の大多喜駅:いすみ鉄道は単線です。駅の近くに「ムーミー電車」が停車中
           菜の花の黄色と早咲き桜のピンクと電車のコラボ


天然ガス企業発祥の地:記録によれば、明治24年に醤油醸造業家の大田卯八郎が
           水井戸を採掘した折、茶褐色の水と共に湧き出た事が始まり。
           この井戸は関東大震災の頃までガスの噴出を続けた。
           企業による生産は昭和6年大多喜天然瓦斯株式会社の手で始まる。


本多忠勝公銅像:夷隅川に架かる行徳橋に、銅像がある。


本多忠勝墓所:良玄寺の境内にお墓が存在します。
       忠勝は徳川四天王の1人。徳川本家最古参の譜代。
       永禄3年の桶狭間の前哨戦である大高城兵糧入れが初陣。
       天正12年の小牧・長久手の戦いでは、豊臣16万の軍に追われ、
       敗色濃い家康軍に手勢500名で割って入り、秀吉に追撃を諦めさせた。
       生涯57度の合戦で、一度もかすり傷負わなかった。
       「家康に過ぎたるもの二つあり、唐のかしらに本多平八」といわれている。
| - | 15:24 | comments(0) | trackbacks(0) | 『ビルドクター』福田紀之
AK33 第47回 その1
今回のテーマは「菜の花咲く本多忠勝の城下町大多喜を訪ねる」です。

交通のアクセスと費用を考慮して、
今回は貸切バスで地元を出て、そのバスで帰って来ました。
大多喜駅近くの駐車場をスタート・薬草園(当日は休園で見れず)・
大多喜城・大井戸と薬医門・天然ガス企業発祥地・渡辺家・
本多忠勝墓所・夷隅神社・豊乃鶴酒造・大多喜駅近くの駐車場と廻りました。


大多喜城:16世紀の前半に武田氏が入城、天文期(1532〜1555)に
     安房の里見に重臣の正木が入り、
     以降4代にわたり居城とする。
     その後、1590年に北条の小田原城が攻め落とされると、
     徳川家康が江戸城に入城、大多喜城は本多忠勝に与えて
     安房の里見氏の対抗勢力とした。城主は本多3代の後、
     阿部・青山・稲垣と引き継がれ、
     1703年松平正久となり、以降9代続き廃藩置県となる。
     現在は「千葉県立南総博物館」となっている。
     写真は大多喜城と大多喜駅近くの大手門(歓迎門)


大多喜城本丸跡附大井戸:天正18年の本多忠勝築城の際に造られた「そこ知らずの井戸」
            と呼ばれ、周囲17m深さ20m、日本一の大井戸


薬医門:城内建造物で唯一残る遺構で、天保13年(1843)の火災の後に建築された


二の丸御殿の門
| - | 15:25 | comments(0) | trackbacks(0) | 『ビルドクター』福田紀之
セキュリティ ショウー 2017
東京ビッグサイトで開催中の「セキュリティ ショウー」に行って来ました。
昔、ビルのセキュリティーに関っていた経験から、
現在どのように変貌を遂げているか?
関心があった所、P社から招待券を頂いたので・・・・

今の、セキュリティーは、映像による方法です。
このポイントはセンサーの映像解像度と映像を処理するコンピューター処理技術。
昔、KEYによるセキュリティーの考え方は廃れてしまってます。

しかし、現実問題として、KEYは無くなるのでしょうか?
KEYは、停電時には有効ですが???
私は、KEYは無くならないと思いますが?

ニッチ産業として、
KEY及びKEY保管システムは、生き残る
と思います。


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我が家のひな祭り

3月3日は、「雛祭り」の日です。

我が家の孫娘の為に、昔「お雛様」を買って送った雛を、
同居となったので、TV台の上に飾りました。



保育所に行っている、孫も「お雛様」を作って持ち帰って来ました。

3日の夜、家内は「チラシ寿司」と「ハマグリのお吸い物」をつくりました。



娘は帰りが遅いので、ジージとバーバと孫2人で、ひな祭りの夕食。
皆で、「ひな祭りの歌」を歌ってから、夕食となりました。
昔、我が家の3人の娘時代は、
田舎から送られた「7段飾りの、お雛様」を
二階に飾ったものでしたが・・・・・

孫の代になっても、古き良き日本の伝統を引き継いで欲しいと、思いました。
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